担当授業のこととか,なんかそういった話題。

2007年に始めたgooブログから2025年4月にこちらへ移籍してきました。

姻戚関係

吉田洋一氏の『微分積分學序説』(培風館,1949 年)の「はしがき」に「著者の息夏彦は」とある。

 

まず「息」は「息子」の誤植(字足らず)であろう。それはともかくとして,吉田洋一氏の息子というからには「吉田夏彦」という名であったろう。

 

・・・。どこかで見たことあるような。

 

今の時代は大変便利で,ググれ(死語?)ばすぐに知りたい情報が得られる。知らなくても良かった蘊蓄までオマケで付いてくることもある。今回はそのオマケの方の話である。

 

ところで「はしがき」の末尾に「池袋にて」と書かれてあることから,吉田洋一氏がすでに立教大学に移ったあとの話であるかもしれない。Wikipedia によるとまさに 1949 年に立教大学に異動したとあった。

 

さて,吉田夏彦氏は確かに吉田洋一氏の令息であって,科学哲学の研究者であった。論理学に関する著述にその名を見たことがあったのかもしれない。

 

吉田夏彦氏の妹は冬子氏であるが,翻訳家であったそうだ。そして数学者赤攝也氏のご令閨であったとの由。立教大学の数学者といえば私なぞは真っ先に赤攝也氏を思い浮かべるのだが,Hilbert の第 10 問題を解いたと言われている廣健氏は教え子だったのか。

 

吉田洋一氏のエッセイ集が『数学の影絵』という名でつい最近ちくま学芸文庫の一冊として出版された。この年末年始は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能な資料でその一冊をどこまで再現できるかに挑戦したのが今回の件の発端である。その過程で『微分積分學序説』の存在を知り,その「はしがき」に目を通す機会を得たわけである。

 

夏彦氏と冬子氏という二人のお子さんがいたという事実を知ると『数学の影絵』の読み方もまた違ってくる。

 

甲鳥書林から 1943 年に出版された『白林帖』(白林をなんと読むのかわからないのだが)に「櫻の花びら」と題する一篇があるが,そこに登場する「長女」は冬子氏のことであろう。非常に可愛らしい,ほのぼのぼした小品である。今風に言えば「ほっこり」するし,「尊い」エピソードである。

 

また,「穴」に出てくる「うちの子供」は会話時の言葉遣いの雰囲気からして夏彦氏と思われる。「右の眼」は「長男が小さかつたころ」という出だしで始まるので夏彦氏のエピソードであることは疑いない。これらもまた尊い小篇たちである。

 

ここに参照した三篇はいずれもちくま学芸文庫版の『数学の影絵』の後半に「白林帖」シリーズとして収められている。