担当授業のこととか,なんかそういった話題。

2007年に始めたgooブログから2025年4月にこちらへ移籍してきました。

極限操作の単調性

数列 a(n) なり関数 f(x) なりが n を無限大に近づけたり x を c に近づけたりする極限において収束するとき,L(a) や L(f) でその極限値を表すことにする.
これは極限値を表す標準的な記法である \lim_{n\to \infty} a_n=a の左辺を簡単に L(a) と書くことにしたに過ぎない.

ただし,このような記法を導入すると,収束する二つの数列 a, b について L(a+b)=L(a)+L(b) であったり,定数 λ について L(λa)=λ L(a) となるといった,「極限操作の線形性」が理解しやすくなるのではないだろうか.

また,L という記号は収束する数列やら関数やらを引数に取る関数の一種である,すなわち,関数に対して数値を対応させる汎関数 (functional) の一種を表している,といったように独り立ちすることへともつながる.かつては位相解析という名で呼ばれたこともあった関数解析という分野であるが,それが汎関数作用素演算子)を研究する部門であるとすれば,数列や関数の極限を論じる解析学の入門段階ですでに関数解析を学んでいるといってよいのではなかろうか.

さて,収束する数列やら関数やらのみを作用対象(定義域)とする「極限操作作用素」L は,実数列や実関数の世界において,保順序性ないしは単調性といったような性質を持つ.すなわち,入力変数の任意の値 x に対して f(x)≦g(x) が成り立つことを f≦g と定めることにすると,f≦g ならば L(f)≦L(g) が成り立つのである.気取って英語でこの性質を表せば order-preserving ということである.

ちなみに,この性質は関数の極限についていえば右極限や左極限といった「条件付き(条件有り)極限」に対しても成り立つ.思い返せば,そもそも  n\to\infty という数列  (a_n) の極限の極限の取り方自体,そもそも左右に無限に延びた数直線の右側の彼方にある「無限遠点」にとっての「左極限」なわけなので,数列の極限から入る標準的な解析学の入門コースにおいては最初に片側極限の取り扱いに慣れ親しむのが通例となっているのである.そして極限操作作用素 L が実際には片側極限を取る操作だったとしても線形性やら単調性やらも同様に成り立つ.また,基本的な事実として,入力変数 x を c に左から近づける操作を L[→],右から近づける操作を L[←] と書くことにすると(初等数学におけるベクトルの記法と衝突するので,本当は矢印は L の下に記すことにしたい.それは limit 記号の記法に従う正統派でもある!)

\operatorname{L}(f)=\ell \Longleftrightarrow \operatorname{L}_{\rightarrow}(f)=\ell \wedge
\operatorname{L}_{\leftarrow}(f)=\ell

という,現代柔道の「技あり二つで一本」規則と同様の性質がある.そういう意味で,片側極限のことを「半極限」と呼んでもよいように思う.ただし,ここでいう片側極限は入力変数の近づ「け」方だけに着目した分類であって,それに双対的な概念として出力変数の近づ「き」方に着目した分類も考えるべきであろうが,差し当たって解析学の入門コースでそちらを導入すべき喫緊の必要性を感じたことはない.とはいえ,合成関数の極限を扱う際には,前段(内側)の関数の出力変数の近づき方が後段(外側)の関数にとっては入力変数の近づけ方に直結するため,極限値への近づき方をも気にかけなければならない機会は往々にしてある.

さて,本記事の表題に掲げた本題に移ろう.

収束する数列 a, b について,ある実数 R より大きい正の整数 n に対して a(n)≦b(n) が成り立っていれば,実際には到達し得ない「無限の彼方にある最後の番号 ∞」においても同じ大小関係が成り立つ,すなわち L(a)≦L(b) が成り立つ.

この命題は,例えば上に有界な数列は収束列であるという実数の連続性の公理の一形態を用いて,その数列の極限値の存在を言った後に,数列の任意の上界は,極限値にとっても上界となる,という基本的な性質を背理法で示す際に利用できたりする.

それはともかくとして,極限操作の単調性の証明について考えてみよう.

任意の正の数 ε が与えられたものとせよ.

さすれば,実数 K と M を
k>K なるすべての正の整数 k につき |a(k)-L(a)|<ε/2 とならしめ,
m>M なるすべての正の整数 m につき |b(m)-L(b)|<ε/2 とならしむるように取れるので,K と M を実際にこのような要件を満たすように取っておく.

しからば,N を K+M とか,max{K,M} だとかに取って,N≧K と N≧M とが成り立つように選ぶ.

そうすると,
n>N なるすべての正の整数 n は,N≧K により n>K を満たすゆえ,|a(n)-L(a)|<ε/2 をも満足せしめ,しかも N≧M により n>M をも満たすゆえ,|b(n)-L(b)|<ε/2 をも満足せしむるなり.

ここで,|a(n)-L(a)|<ε/2 ならば L(a)<a(n)+ε/2 が成り立ち,|b(n)-L(b)|<ε/2 ならば b(n)<L(b)+ε/2 が成り立つ.

そうすると,
n>N なるすべての正の整数 n について
L(a)<a(n)+ε/2 かつ b(n)<L(b)+ε/2
が成り立つこととなる.

さて,正の整数 n を R+N よりも大なるものに取る.かように取った n に対して,
a(n)≦b(n)
かつ
L(a)<a(n)+ε/2
かつ
b(n)<L(b)+ε/2
が成り立つから,これらを連結することにより,
L(a)<a(n)+ε/2≦b(n)+ε/2<(L(b)+ε/2)+ε/2=L(b)+ε
を得る.

つまり,一番最初に任意の正の数 ε を取ったわけであるが,間に数列に関する仮定を挟んでごちゃごちゃ論じた挙句,吐き出された結論は L(a)<L(b)+ε というシンプルな不等式である.

これはつまり L(a)-L(b)<ε が任意の正の数 ε に対して成り立つということである.

L(a)-L(b) というのは実数であるから,負の数の世界に属するか,0 であるか,正の数の世界に属するかのいずれか(一つだけ)が成り立つ.

ところが,正の数の世界には最小の数というものがない.つまり,ある正の数で,他の正の数よりも小さいか,あるいはそれと等しいという性質を持つようなものは存在しない.

したがって,どんな正の数よりも小さい,という性質を満たす実数は正の数の世界には存在しない.

ゆえに L(a)-L(b) は正の数の世界の住人ではない.

よって L(a)-L(b)≦0 である.

これは L(a)≦L(b) ということであって,示したかったことに他ならない.c.q.f.d.


ここで用いた正の数の世界の掟「最小の正の数は存在しない」というのは,

ある正の数があって,それはどんな正の数よりも小さいか,あるいはそれと等しい

ということであるが,数理論理式で表せば,変数 x, y は正の数の集合から取るものという約束の下で

∃x ∀y (y≧x)

となるが,この否定

∀x ∃ y (y<x)

は「任意の正の数に対し,それよりも小さい正の数が存在する」という主張になる.

そしてこちらの方は真である.というのは,どんな正の数に対しても,それを半分にしたものはもとの数よりも小さい正の数であるから.

というわけで,∀x ∃ y (y<x) の方が真であるから,その否定(二重否定で元の命題に戻る)∃x ∀y (y≧x) は偽である.

この,「最小の正の数は存在しない」という命題の証明は背理法で示されることが普通であるように思われるが,その証明には「もし最小の正の数というものがあったとすると,その半分の数はそれよりも小さい正の数であるから不合理である」といったようなものであり,それはまさしく否定命題の方の直接証明に他ならないことをついでながら指摘しておく.

ただし,L(a) と L(b) の大小関係が不明であるため,仮に L(a)>L(b) であるとしてみたら矛盾が生じてしまった,といったスタンスは大いにあり得ると思うので,極限操作の単調性の証明をそのように行うのは実践的な証明戦略であるといえよう.背理法の強力なところは,成り立つかどうかが事前に不明な主張の否定を仮定に取り込むことで推論しやすくなるところであるように思う.正か負かようわからんから,とりあえず正だと思ってやってみようや,というように議論の開始時に使用できる仮定を一つ増やす手法であるといえる.ただし,その仮定の下で正しく推論した結果特に問題がなかったとしても,A ならば B という命題が真であることの証明にはならないところが気を付けるべき点である.はっきりと矛盾が生じるという強烈な結末を迎えてこそ,仮定がマズかったなという反省に繋がるのである.失敗してこそ教訓を学べるのであって,あれ?なんかうまくいっちゃったぞ,とその場をやり過ごせてしまっては何も学べない.

1912 年の W. H. Young の Comptes rendus の論文(リンク)

Internet Archive 版のリンクを貼っておく。

Sur la généralisation du théorème de Parseval.

pp.30-33.

archive.org

Sur la sommabilité d'une fonction dont la série de Fourier est donnée.

pp.472-475.

archive.org

もちろん Gallica にもある。例として二本目の方のリンクを貼っておく。

gallica.bnf.fr

まるまる一冊ダウンロードしたければ Internet Archive でもよい。

件の記事だけを部分的にダウンロードしたい場合は Gallica がよい。

姻戚関係

吉田洋一氏の『微分積分學序説』(培風館,1949 年)の「はしがき」に「著者の息夏彦は」とある。

 

まず「息」は「息子」の誤植(字足らず)であろう。それはともかくとして,吉田洋一氏の息子というからには「吉田夏彦」という名であったろう。

 

・・・。どこかで見たことあるような。

 

今の時代は大変便利で,ググれ(死語?)ばすぐに知りたい情報が得られる。知らなくても良かった蘊蓄までオマケで付いてくることもある。今回はそのオマケの方の話である。

 

ところで「はしがき」の末尾に「池袋にて」と書かれてあることから,吉田洋一氏がすでに立教大学に移ったあとの話であるかもしれない。Wikipedia によるとまさに 1949 年に立教大学に異動したとあった。

 

さて,吉田夏彦氏は確かに吉田洋一氏の令息であって,科学哲学の研究者であった。論理学に関する著述にその名を見たことがあったのかもしれない。

 

吉田夏彦氏の妹は冬子氏であるが,翻訳家であったそうだ。そして数学者赤攝也氏のご令閨であったとの由。立教大学の数学者といえば私なぞは真っ先に赤攝也氏を思い浮かべるのだが,Hilbert の第 10 問題を解いたと言われている廣健氏は教え子だったのか。

 

吉田洋一氏のエッセイ集が『数学の影絵』という名でつい最近ちくま学芸文庫の一冊として出版された。この年末年始は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能な資料でその一冊をどこまで再現できるかに挑戦したのが今回の件の発端である。その過程で『微分積分學序説』の存在を知り,その「はしがき」に目を通す機会を得たわけである。

 

夏彦氏と冬子氏という二人のお子さんがいたという事実を知ると『数学の影絵』の読み方もまた違ってくる。

 

甲鳥書林から 1943 年に出版された『白林帖』(白林をなんと読むのかわからないのだが)に「櫻の花びら」と題する一篇があるが,そこに登場する「長女」は冬子氏のことであろう。非常に可愛らしい,ほのぼのぼした小品である。今風に言えば「ほっこり」するし,「尊い」エピソードである。

 

また,「穴」に出てくる「うちの子供」は会話時の言葉遣いの雰囲気からして夏彦氏と思われる。「右の眼」は「長男が小さかつたころ」という出だしで始まるので夏彦氏のエピソードであることは疑いない。これらもまた尊い小篇たちである。

 

ここに参照した三篇はいずれもちくま学芸文庫版の『数学の影絵』の後半に「白林帖」シリーズとして収められている。

André Weil 少年の名を捜して。

ちくま学芸文庫の一冊,吉田洋一『数学の影絵』に「アランと数学」と題する一文がある。
出だしにヴァレリがすべてをなげうって数学に専念した時期があったという話があり,Gemini 3 Flash に事の真相を問うた。
その回答で,嘘か真かは知らぬが,ヴァレリが量の数学ではなく関係の数学を探求したといった見解が述べられていた。

それは果たして後のブルバキズムに繋がる一石だったのであろうか。

そのような興味が湧き起こり,アンドレ・ヴェイユ自伝(稲葉延子による邦訳)のブルバキ創立頃の話をチラリと見たが,とある言語学者の名は挙げられているものの,ヴァレリの名は近くに見当たらない。

もっと前の時代にヴェイユがヴァレリの思想に触れていた可能性もある。

そう思って第1章らへんもページっていたのだが,全く関係のないエピソードに心を惹かれてしまった。

それは 1915 年秋頃から「基礎数学ジャーナル」なる雑誌の定期購読を始め,リセの試験の過去問題であろうか,読者がそれらの問題の解答を投稿したものの中から優れた解答例が掲載されたり,正解者のリストが記されたりしている雑誌のようであった。ヴェイユは 1906 年 5 月生まれというから,1915 年秋には弱冠 9 歳である。それでリセ第 3 学年以降のすべての水準の問題が掲載されている雑誌を見て,いくつかの問題の解法がすぐわかってしまったことに自身でも驚いたという。すぐに解答の投稿を開始したものとみえ,「私の名前が印刷されたのは生涯でこれが最初」であり,「やがて私の名前は毎号載るようになった」そうである。その雑誌は本国フランスでは今はもうないと 1991 年当時のヴェイユは残念そうに述べているが,日本では例えば東京出版出ている月刊誌『大学への数学』や『高校への数学』の通称「学コン」がほぼ同じ趣旨の読者参加型イベントとして続いている。今もまだ連載されているか確認していないが,現代数学社の月刊誌『現代数学』でも実際の大学院入試問題を少しだけ改変したものを出題し,読者からの解答を受け付けていたし,数学愛好者すべてに開かれた門戸としての,日本評論社の月刊誌『数学セミナー』の「エレガントな解答を求む」コーナーは現在でも健在であろう。

その今はなき Journal de mathématiques élémentaires のバックナンバーを閲覧できないものだろうか。

現在のインターネット時代はそんな欲求に簡単に応えてくれる。

Gallica に,全号かどうかはわからないが,少なくともヴェイユ少年が関わっていたであろう 1915 年からの数年間の内容は閲覧できる!

つぶさに調べたわけではないが,少なくとも 1916 年 7 月 15 日号,Algèbre 8358 の回答者リスト (p.159) に A. Weil の名が確認できる。

 

gallica.bnf.fr

 

確かにその後の号にも A. Weil の名があるが,1917 年 1 月 1 日号の冒頭に幾何に関するノートとしてヴェイユ少年の処女論文と思しきノートが掲載されている。

gallica.bnf.fr

 

これが彼のいう「最優秀解答の紹介」に該当するのかは不明であって,さらなる調査が必要そうである。

 

少なくとも 1916 年に発行された分は一通り目を通さねばならない。

が,いくら正月とはいえ,こんなことばっかりやっててもナー,と一抹の虚しさを覚えるのもまた已む無しなのであ~る。

物理量の単位を補足したいときの書き方

高校物理ではさまざまな計算を行う。それらは基本的にいくつかの物理量の間で四則演算を行う程度であるが,考えている物理的な状況に即した式を立てて計算を進めていかなければならない。そういう意味で,小学校の算数や中学校の数学における文章題の趣がある。高校物理では問題設定に即した座標軸を導入することにより,ベクトル量の一つの成分だけを取り出して計算に使えることが多いが,本質的にベクトル量であるため,向きに関する配慮,言い換えればその成分の値の正負の読み取りが必要となり,それが問題を適切に扱うことをより困難にしていると思われる。

ところで,2019 年,すなわち奇しくも令和元年に SI 9th が採択された。オリンピックも,まあ世界的なイベントであるからインパクトがあるにはあるが,SI の改定はそんなに頻繁に行われるものではない。これを機に物理学教育における単位や物理量の扱いに対する関心が高まったように思われるが,そう感じるのは私が,とある身近な物理学の専門家の薫陶を受ける機会がやはり同時期に訪れたからかもしれない。

現在,高校物理の電磁気分野を学び直そうとしている(しかし,まだそれを実行に移していない!)ところであるが,令和になってから出版された最新の高校教科書をひとまず三社調査したところ,世界標準的な単位の記法に正しく従っているものは一社だけであった。

特にやり玉に挙げられるのは,「加速度 a〔m/s2〕」のような,文字で表された物理量の単位を補足説明する目的で使われている亀甲括弧記法である。これは世界広しといえども日本独自の風習らしい。令和になっても微分演算を表す記号をプライムではなくダッシュと読み続けるガラパゴス・ジャパンは高校物理の教科書にこの非世界標準の単位付記記法を遵守し続けているのである。

記憶が間違っていなければ,この単位補足記法が最も最初に現れたと思しき時期は 1950 年代だそうだが,1968 年に出版された,共立出版から出ていた実験物理学講座のある分冊でも使われていることが確認できる。

で,提案なのだが,ISO および JIS で使用されている,Julius Wallot あたりが元祖と思われる,物理量 a の単位を [a] で表し,この単位ではかった a の大きさに相当する無次元数を {a} という記法で参照する流儀に統一して,加速度 a の単位を補足したければ,

単位は m/s2

と明確に付記するか,あるいは

a={a} m/s2

のように記すかすればよい。

ベクトルを,その大きさを表すスカラーと,向きを指定する単位ベクトルの積に分解するのとまったくおなじ「極形式」で a={a}[a] のように分解表示することができるので,このような知見を積極的に利用したいものである。

Gustav Mie の著作に関する覚え書き

Friedrich W. Hehl と Yuri N. Obukhov が 2000 年から arXiv で公開している

A gentle introduction to the foundations of classical electrodynamics:

The meaning of the excitations (D,H) and the field strengths (E,B)

というプレプリント(というより,論文誌に投稿するものではなくて,こういう形で一般公開する道を選んだと思われる資料)で,電束密度 D と磁界強度 H をどちらも excitation と呼ぶ流儀について述べている。それは Gustav Mie によるという。


Gustav Mie の名は Hermann Weyl の Raum-Zeit-Materie にしばしば登場する。

現在私が気になっている Gustav Mie の電磁気学関連の著作は次の二冊である。

  • Lehrbuch der Elektrizität und des Magnetismus

eine Experimentalphysik des Weltäthers für Physiker, Chemiker, Elektrotechniker.
1910 年に初版が出ているが,1948 年に再版されて今に至るらしい。

  • Handbuch der Experimentalphysik. Band 11. Teil 1. Elektrodynamik.

1932 年に出版された。

残念ながらどちらも web で電子資料を閲覧することはかなわない。

何回か検索を試みて毎回同じ結論に達するので,この度その輪廻を断ち切るために備忘録を認めた次第である。

[追記:2025-10-06]

Arnold Sommerfeld の電磁気学のテキスト (1948年) の,講談社から出ている伊藤 大介氏による日本語訳の序文によると,Faraday-Maxwell の電磁誘導の方程式に現れる電界強度 E と磁気誘導 B とは示強的な量であり,磁界強度の名に値するものは H ではなく B である,といった具合の示強性の量と示量性の量の根本的な区別を G. Mie が「そのすぐれた教科書で首尾一貫して実行した」と述べている。

初等算数教育における量の扱いの指導の重要性を説いた遠山 啓(ひらく)は哲学用語に由来すると思われるが,示強量を内包量,示量量を外延量と呼んだ。

遠山らの量の理論体系と Gustav Mie の量の理論体系に関連があるのかどうか比較検討してみたいところであるが,Gustav Mie の著作の入手がなかなか難しそうである。自分へのクリスマスプレゼントということで海外の Amazon から古本を取り寄せるのも一つの方策ではあるが・・・。

国立国会図書館サーチによると,初版は 1910 年,第 2 版が 1941 年(Wikipedia の Gustav Mie の項目の英語版では 1943 年となっている),第 3 版が 1948 年に出ており,特に第 2 版は全面改訂版となっているらしい。

そうなると Sommerfeld がどの版を参照しているのか気がかりである。初版から方針が一貫しているということなら初版であっても私の目的に大きな影響を与えるものではないのだが・・・。

サンセリフ体を表示できるかな?

このはてなブログでどの程度字体が変えられるものであろうか。

物理量について議論したいとき,おそらく Julius Wallot が 1922 年に „Zur Theorie der Dimensionen.“ で初めて導入したと思われる記法や物理量の次元を使用するアルファベットの字体で区別したいことがある。

そのような場合にはてなブログでどの程度その欲求を叶えることができるであろうか。

実のところ MathJax を通じて \mathrm{\LaTeX} コマンドが使用できるので,八割がたは思い通りになる見込みがある。

物理量を Wallot は特にこだわりなく,現代のどこぞの世界的実業家よろしく x と書いているが,近年の流行りは quantity (Quantität) の頭文字のしかも大文字で Q で表す流儀である。

物理量  Q の単位や次元に関連して  [Q] という記法を使用したのは Maxwell であるが,IUPAC Green Book 4th Edition, Abridged Version, p.2, 脚注 1 に,この記法はもとは物理量  Q の単位を表すのに用いられたとある。実際,MaxwellA Treatise on Electricity and Magnetism, Volume 1 p.3 に,長さの単位を  [L] と呼ぶことにする,と記されている。そして例えば長さを  \ell [L] と表すとしている。この  \ell の部分がその長さの数値 (numerical value) であり, L は長さの次元である。つまり 単位=[次元] であり,量=数値×単位=数値×[次元] という記法である。

iupac.org

archive.org

Maxwell

 Q は単位  [Q] の無次元数倍である。その「係数」に対応する無次元数を仮に物理量の数値部分と名付けておく。その数値部分を表すのに  \{Q\} を用いたのはおそらく Wallot が初めてだと思われるわけである。Wallot 自身,その記法が気に入ったのであろう。のちの 1926 年に出版された Handbuch der Physik の第二巻 (Band II) 第一章 (Kapitel 1.)「次元,単位,量体系」(Dimension, Einheiten, Maßsysteme.) においてその記法を継続して使用している。

と,ここまで書いてすでにかなり疲弊している。

まずドイツ語の引用符 „ “ を探す作業が最初に発生した。

次に,\mathrm{\LaTeX} と表示するのもひと手間かける必要があった。MathJax は当然のことながら数式モードがデフォルトっぽいので,わざわざ

[tex: \mathrm{\LaTeX}]

のようにしないとロゴがローマン体にならず,イタリック体で  \LaTeX のように表示されてしまう。逆に言えば LaTeX ロゴのイタリック体表示を手軽に実現できちゃうわけであるが。案外,スタイリッシュでカッコイイ気もしなくもなくもなくもない。

はてな記法において角括弧 (braces) [ ] は LaTeX コードを囲うデリミタとして使用する。そのため,

[tex: [Q]]

と書いただけでは,末尾の二重の閉じ角括弧のうち,一つ目の方が LaTeX 表記の終わりとして処理されてしまい,二つ目の方(最後の閉じ括弧)は LaTeX コード外のよくわからん付け足しという扱いで添えられることとなり,結果として  [Q] のような見た目になる。この問題を回避するためには LaTeX コード内で \[ \] のように角括弧をバックスラッシュでエスケープする措置を取らねばならない。

こんな風に逐一つまずくため,すぐに息切れしてしまうのである。

と,これは愚痴であった。

ともかく現在は 量=数値×単位={量}×[量] という記法が標準的である。つまり { } は量から数値部を抜き出す演算子,[ ] は量から単位を抜き出す(単位ベクトル化する,正規化する)演算子である。

量そのものを表す文字は基本的に現在標準的な数式の記法と同じくイタリック体だか斜体だかにする。ローマン体の文字を斜めに傾けた斜体にするよりちゃんと別個にデザインされたイタリック体を使用する方がもちろん見栄えはよい。SI では単位を表す文字は直立体であればよく,セリフ体かサンセリフ体かといった字形の違いには無頓着である。

さて,量体系を議論する場合には次元の概念が必須である。それは各物理量の種類を規定する属性であるが,次元を表すのになぜか現在では立体(直立体,ローマン体)のサンセリフ体の大文字を使用する。それが今回のメインテーマである。MathJax で立体のサンセリフ体を実現する方法を私は知らないのである。unicode-math というパッケージが使用できれば \symbfsf{Q} のように書けば済むのだが,素の MathJax ではそれは通らない。

実は次元を表す記法として大文字の立体を使うという規定はあるものの,サンセリフ体にしろという規定は IUPAC Green Book, SI, ISO 80000-1:2019 などを参照しても見当たらない。しかし,それらの文書では申し合わせたように次元を表すのにサンセリフ体を使用している。これは一種の不文律というべきものであろう。

いや,待てよ?そもそも \mathsf{} だと立体っぽい。

 \mathsf{ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ}

 \mathsf{abcdefghijklemopqrstuvwxyz}

おお,これならば大丈夫だ!

 Q=\{Q\}\ [Q],

 \mathrm{dim}\, Q=\mathsf{Q}

うんうん,期待通りの仕上がりに余は満足ぢゃ~!